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おわりに

妊娠してからの日記をどこまで更新しようかと悩んでいたのですが、転院が終わったとこでキリをつけようと思います。妊娠初期の出血も1週間ほどで治まり大丈夫でしたし、隙間もすぐ2cm程度になり大丈夫と言われたし、妊娠10ヶ月の今のとこ、大したトラブルもなく順調に育ってくれました。あとは母子共に無事に出産に挑むだけになりました。

こうやって日記に残してみると意外と短いように感じてしまいましたが、日記と日記の間の日々も悶々と悩んでて、治療中は暗くて長いトンネルをゆっくり歩いているようで、ちっとも先が見えなくて本当に長かった。

一足早く義理の妹が妊娠し「今は伯母の看病を手伝わないといけないときだから、自分が続いて妊娠できるはずがない。」と自信をなくし、治療がうまくいかないことを義理の妹のせいにした。そこまでしないと自分を保つことができなかったときに、まさかの妊娠。こんなストレスたまりまくってる状態で赤ちゃんがちゃんと育つのかと不安でしたが『子宮と卵膜の間に隙間がある。』とか『胎盤の端にへその緒がついてるので、栄養がうまく届かず小さい赤ちゃんになるかもしれない。』とか言われたりもしたけど、順調に育ってくれました。

心配なことを言われても「あんな状況(ストレスで情緒不安定だったときに加え、2つの葬儀があったとき)でも、お腹に来てくれた子なんだから。」とか「例え小さい子でも、産んでから大きく育ててやる!それができなくても育つときに育つさ!」と前向きでいれました。これも治療して頑張ってきたからこそ、少々のことではへこたれなかったんだと思います。

周りに妊娠報告と共に、授かったのは治療の末だということを公表したら『実は私も・・・』という方が結構いました。数少ない私の友人だけで数人いるんだから、世の中にどれだけ不妊に悩んでる人がいるんだろうと驚きました。

現在も辛い治療を頑張っている方、心から願いが叶うことを祈るばかりです。

辛いけど、今の経験はきっと無駄にはなりません。
人の痛みを理解できる優しい人になれます。
気遣いのできる人になってます。
同じ悩みをもつ人の力になれます。

私は「人のことを妬んで最低だ。」と自分を責めたりもしたけど、それだけ不妊治療は辛くて追い詰められるものだと痛感したし「人間だもの。良し悪しは別として、そんなふうに思うときだってあるさ。」と思えるようになって、人に対して寛容になれた気もします。

悩んだぶんだけ成長できます。
どうか自分を責めてしまっていた方が、この治療日記を読んで、少しでも肩の力が抜けてくれたらと思います。
「あなただけじゃない。」って伝わるといいな。
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2008年12月10日(水)

転院先の新しい病院へ行った。医療連携を通していたので、早く済んだ。
診てもらった部長先生はとってもマイルドだった。頚膣超音波で先生が診たいとこが診えづらかったので、おなかから診るエコーにかえた。そしたら、子宮と卵膜の間にすきまがあると言われた。赤ちゃんが元気だから心配はないそう。ただ、「少量の出血が前からあったし、念のために安静にしといたほうがいいですか?」と聞いたら、『うん。ゴロゴロしとって。』と言われた。次の予約は、火曜日担当の先生になった。部長先生は忙しいし、仕方ない。今日は『病気のことは関係ないですから。』って言われたので、とっても安心できた。
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2008年12月2日(火)

2週間ぶりの通院。今日の午前は旦那が人間ドッグで、午後から空いてたので一緒に行きました。
割と患者さんは少なくて、思ったより時間かからず呼ばれた。

まずは内診。
この2週間つわり以外なにごともなかったので赤ちゃんは元気に育ってました。前回2・8センチだったのが、5.8センチと大きくなってました。
先生が『この時期ぐんっと大きくなりますからね』と言っていた。

それから診察で紹介状をもらった。
次の病院の産婦人科の主任部長さんだった。
先生も『卵巣の病気のこともあるので、この先生に診てもらえるかどうかはわからないんですが部長の名前を書いておきました。』と配慮してくれていた。
これで安心。

それから『もし二人目を考えていたら、断乳が済むまで待ってから来てください』と言われた。
今のとこ、私の中では一人と決めていることは伝えておいた。
乳ガンのリスクのある薬飲んだり、麻酔使って採卵したりするんだよ。子供いる身で麻酔して何かあったじゃすまないもん。我が子のために長生きできるように考えるのも親の義務だと思うからね。兄弟いなくても、一人っ子だろうが、我が子が寂しくないように、友達いっぱいできる子に育ててやるんだもん。治療は精神的にきついもんね。万が一子供にやつあたりなんかしたら本末転倒だし。通院のたびに子供預けるなら寂しい思いさせるわけだし、連れていくのも子供にとってはたいくつな場所だろうしね。とか色々考えると、もう病院はいいやって思う。

帰りはお世話になりましたと挨拶して帰った。偶然旦那が休みだったとはいえ、二人でお礼を言えてよかった。

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2008年11月24日(月)

伯母の49日の法要が無事終わった。
先週につづき、遠くから帰省した義理の弟さん。
さすがに今回、妊娠6ヶ月の奥さんは帰ってこなかった。

弟さん、私の顔見るなり『体調は?』ときづかってくれた。
どうやら旦那が伯父の葬儀のときに『私の妊娠は体外だ。』と言ったらしい。それで余計に心配してるみたい。自分の嫁はつわりがないのに対し、私はつわりがあるしね。
今はお互い喜んでるけど、前は弟さんのお嫁さんのご懐妊なんて喜べなかった。ちょっと申し訳ない。
話を聞いたら、伯母が亡くなる数週間前に何度か帰省したときに戌の日の安産祈願をお嫁さんの家族ですませたみたい。ほんとは旦那にもいてほしかっただろうに。私はそのとき、何もしないでそばにもいないで幸せでいるなんてズルいって思ってた。ほんと申し訳なかった。お嫁さんも36歳。もしかしたら、次の子だって簡単に授からないかもしれない。一人っこかもしれない。そうなると『次のときは旦那と一緒に安産祈願を・・・』なんて考えられないよね。
晩は我が家で鍋にした。そのときに弟さんが『あ、コレって。』って冷蔵庫に貼ってあったエコー写真に気づいた。「2,8センチなんですよ。もう動いてて手をふってたんです。」って言ったら、指で2・8センチを想像していた。ちょっとウレシそうに写真を見てくれたのが嬉しかった。私の妊娠はお義母さんが伝えたみたいで、そのとき弟さんはすごく喜んでいたと聞いた。いまいち想像できなかったけど、あの顔見るとほんとに喜んでくれてんだなーと思った。ありがとう。
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2008年11月14日(火)

前日に伯父のとこから帰ってきた。今日は病院。旦那も別の病院での診察日。その前に、助成金の申請に行ってきた。はー忙しい。自分の病院では、転院のことを旦那と一緒に話したいからと、旦那が病院が終わるの待ってもらった。診察も最後に回してもらったんだけど、それに間にあわなかった旦那。どうも診察が1時間遅れだったらしい。
先生には、遅れてすみませんって言うと『やることはいっぱいありますから』って言ってくれたけど、先生よりは他の患者さんを待たせたんじゃないかってそっちに悪い気がしてたんですけどね。たぶん、私の診察後じゃないと診察できない人がいたんだと思う。2人待ってたから。ごめんよ、お二人さん。

まずは内診だった。『ご主人も一緒に、どうぞ。』って言われて、戸惑ってた旦那。「せっかくなんじゃけん」と言い、一緒にエコー画像を見た。旦那は赤ちゃんがすでに動いていたので感動していた。私も、まさかもう動いてるとは思ってもみなかったから、すごく感動した。旦那と一緒に見る初めてのエコーで赤ちゃんが手をふってくれてたんだもんね。嬉しい。葬儀が2度も続いて滅入ってたけど、赤ちゃんは元気だった。つわりがあったし、出血も腹痛もなかったから安心はしてたけど、こうして画像を見ると一段と安心できる。っていうか、実感がでる。赤ちゃんは3cm超えてるかと思ったけど、2.8センチだった。それでも充分成長してた。よかった。

その後、診察。転院する病院へ早く連絡したほうがいいって言われてたので、今日でももらいたいみたいなこと話したら、『2週間後に赤ちゃんの様子を確認してからにさせてください。むこうの先生には赤ちゃんのホルモンとかわかりませんから。それからで大丈夫です。』と言われた。なーんだ。焦って損したよ。次は2週間後。そのときに紹介状もらう予定。これで先生ともおさらばだ。イマイチつかみどころのない先生だったけど、甘えが出すぎず私にはよかったかも。次回はお礼を言って帰らないとな。
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